松山市ってどんなとこ?

こんにちは、クラシ―ド愛媛です。

松山市を中心にポスティングを行っています。

 

松山市は愛媛県の中心部。

四国では第1位の人口を誇ります。

 

松山といえば、文学!ということも思い浮かぶかもしれません。

なんせ「坊ちゃん」の夏目漱石、

正岡子規や種田山頭火など多くの文豪や俳句の

著名人を出しているところなんです。

 

また温泉も自慢で、有名な松山城を眺めながら・・

なんていう観光客の方も後を絶たないくらいです!

 

瀬戸内海に面した気候で美味しいミカンも有名!

というような風土豊かな地域です。

 

しかし人口が多いので広告効果は抜群!!!

やり方によっては四国最大の反響率をゲットできています。

 

観光業と産業、通信など都心部に負けない活発な地域。

宣伝や広告は欠かせないツールとなっています。

 

 

○クラシ―ド愛媛のある松山の歴史

 

 

松山には遺跡が沢山あります。

 

例えば古照遺跡、束本遺跡等が有名です。

これらは古墳時代の遺跡、又弥生時代の集落遺跡などとして

貴重な遺跡とされています。

 

時代が飛鳥時代になると、

聖徳太子がやってきたと言われる有名な

「道後温泉」があり、多くの人々が利用されました。

 

戦国時代になると豊臣秀吉から四国を狙われることになり、

小早川隆景が攻めに来ました。

当時の城主、湯築城をもっていたのは河野氏でしたが

秀吉に明け渡すこととなり、その後には

加藤嘉明が湯築城の代わりに松山城を作りました。

 

 

○文学と松山について

 

 

江戸幕府が終わり、明治時代がはじまると、

武士が住んでいたところには役所や銀行が出来て町が発展してきました。

明治維新です。

 

この時代に有名な小説「坂の上の雲」が発表されました。

 

この物語は司馬遼太郎の長編小説です。

 

秋山好古、秋山真之の兄弟と正岡子規の3人が前半の主人公で、

松山出身の彼らが明治の新しい時代を生きてきた姿を選ぶ小説で、

後半は日露戦争を中心に描かれています。

死闘をくりひろげた秋山好古や東郷平八郎の参謀、秋山真之。近代俳諧の

基礎を病床にありながら築いた正岡子規を中心に、

日本の夜明けを書いた長編歴史小説とされています。

 

現在でも観光スポットとして松山には

「坂の上の雲ミュージアム」が存在しています。

 

又もうひとつ有名な文学のつながりには

夏目漱石があります。

 

観光スポットとしても知られる「坊ちゃん観光コース」

というものもあるくらい、

松山市の行政ページでも紹介される人気コースです。

 

坊ちゃんコースとは行政の案内ページから

抜粋引用紹介致しますと、

(松山市HP 掲載 坊ちゃん観光コースより)

 

道後温泉~ 徒歩:5分 車:2分

正岡子規記念博物館

 

~ 徒歩:16分 車:7分

路面電車:道後温泉駅→南町駅まで1分

下車後徒歩:7分

 

明教館~徒歩:16分 車:7分

路面電車:勝山町駅→大街道駅まで30秒

下車後徒歩:2分

愚陀佛庵ぐだぶつあん跡~

徒歩:4分 車:1分

きどや(山城屋)~徒歩3分 車:2分

松山中学校跡地~ 徒歩:12分

車:3分

路面電車:県庁前駅→松山市駅まで5分

下車後徒歩:3分

子規堂~徒歩:1時間41分 車:21分

郊外電車:松山市駅→梅津寺駅まで18分

下車後徒歩:3分

梅津寺~徒歩:18分 車:7分

四十島~道後温泉に戻るというコースです。

 

結構、味のあるコースですよね。

 

〇道後温泉はこんなに有名です

 

道後温泉本館は、神の湯と霊の湯(たまのゆ)

にわかれています。その姿は写真に多くの人が

納めるほどノスタルジックなものです。

イメージは千と千尋の神隠しのようなお湯屋ですかね・・。

 

二つの浴室と、休憩室など、

4つの入浴コースがあります。

神の湯本館の歴史がいちばん古いとされており、

完成したのは明治27年だそうです。

明治時代の温泉施設として、きれいに残っているのは

日本でこの道後温泉だけです。

素晴らしい遺産が観光地化されているのですね。

 

建築としてのすばらしさと

保存状態も良いことから、

貴重だとして国の重要文化財にも指定されています。

松山に来たらぜひお立ちよりいただきたい

場所のひとつです。

 

〇正岡子規記念博物館で松山の伝統文学に浸る

 

松山市立子規記念博物館は、正岡子規の世界で

松山の伝統文化や文学についての認識と理解を深めるために

開設された博物館です。

 

正岡子規は道後温泉前に銅像も掲げてありますが、

有名な俳人、歌人です。

旧制松山中学(現・松山東高)に入学。当時から

秀才ぶりを発揮して、1883年(明治16年)、同校を中退して

受験勉強のために状況、共立学校(現在の開成高)に入学。

翌年、給費生となり、東大予備門(現・東大教養学部)に

入学し、帝国大学哲学科から国文科に転籍した

学歴の持ち主です。

 

俳句雑誌『ホトトギス』

を創刊し、俳句分類や与謝蕪村などを研究しながら

俳句の世界に大きく貢献した文学者です。

 

肺結核に悩まされ、若くして34歳でその生涯を

閉じることになりますが、今でさえ、

治る確率が高くなっている肺結核ですが当時は

不治の病として知られていました。

この診断を受けた子規は、

死を意識せずにはいられなかったでしょう。

その吐血に関する俳句もいくつか見られています。

 

 

正岡子規記念館を見ることで当時の松山と

文学とのつながりを良く知る事が出来るでしょう。

 

〇愚陀佛庵/ぐだぶつあんは漱石と子規が住んでいた

 

 

愚陀佛庵跡とは、正岡子規と漱石が52日間同居した

上野邸の離れが建てられていた場所のことです。

昭和20(1945)年7月の松山大空襲で焼失してしまいましたが、

現在は松山市の子規記念博物館内に一階部分が

復元されているので見ることができます。

 

〇松山中学校跡地は漱石が英語の先生だったところ

 

松山中学校跡地は正岡子規や秋山好古・真之兄弟が学んで

いた中学校です。さらに、夏目漱石が英語の教師として

教壇に立ったところとして歴史を感じることが

出来る生きた遺産ともいえる学校でした。

 

現在は、漱石の句を刻んだ「松山中学校跡」の

石碑が建っているだけになりますが、ここで

歴史に有名な人々が集っていたかと思うとワクワクしますね。

 

 

〇正宗寺内に俳人・正岡子規が使っていた遺品が

 

正宗寺は正岡子規が17歳まで

過ごした邸宅を模して木造平家建の建物が残されています。

当時、子規が使っていた机や遺墨などの遺品や

写真が100点展示されています。

 

子規堂前の広場には、最古の軽便機関車

「坊っちゃん列車」が残されています。

 

〇ターナー島で坊ちゃんにタイムスリップ

 

通称ターナー島は四十島のことで呼ばれ、

高浜港南西の黒岩海岸の沖合の小島です。

小説「坊っちゃん」にも登場しています。

 

古くから多くの市民に親しまれている場所です。

 

〇松山城

 

松山城本丸は、

市街のほぼ中央に位置する標高132メートルの山頂にあります。

天守への観光客向けのルートは

東雲口と呼ばれる東側からの登城道となり、

ロープウェイやリフトも整備されていて

徒歩で上がることも可能です。

重要文化財である天守は、

平成16年から平成18年にかけて大改修を行い、

松山城の「しゃちほこ」も存在しています。

 

材質は瓦ですが、標高約160mの位置で風雨や

寒暖にさらされているため、81年で交代、今の

「しゃちほこ」は3~4代目というところのようです。

 

しゃちほこの愛称を平成18年に全国へ公募、

南側で一の門から見える方のしゃちほこが「天丸」、

北側のしゃちほこが「まつ姫」となりました。

平成18年6月には市長から「お城の住民票」の

交付を、しゃちほこたちが受けました。

 

ぜひおいでになったときには、

しゃちほこもチェックしてくださいね。

 

観光に便利な、松山城観覧と坊っちゃん列車で

ご利用いただける、観光に便利なセット券も販売されて

います。

 

坊ちゃん列車とは、大手町線・城南線の古町駅 – 道後温泉駅

花園線・城南線の松山市駅前 – 道後温泉駅を

走る、小説坊ちゃんの主人公が乗っていたとされる

SLのことです。今も観光用に一定区間を走っています。

ICカードも使えるようになったので、便利になりましたが、

人気の列車なので事前に予約しておくほうが良いですね。

(何せ乗れる人数も限られているので・・)

満席になると乗り込めないので、早めに駅に行って

整理券をもらっておくほうがいいです。でも

指定席ではなく、乗り込む順番なのでご注意!

周辺観光するには乗り降り自由な1日券もお得です。

 

○松山の特産物:

1、真珠
質・量ともに日本一を誇る野が有名な愛媛の真珠です。
波静かな愛媛の海は、真珠養殖に最も適していると
いわれています。
世界中で洗練された愛媛の真珠は大人気です。

多くのファンを得ています。

2.坊っちゃん団子

小豆、卵、抹茶。天然に
色づけされた餡がポイントのお団子。
小説「坊っちゃん」に団子が登場して、
この名前が付いたようです。
温泉帰りのお土産に。

3.五色そうめん

黄色(卵)、緑(抹茶)、そば粉、赤(梅肉としそ)、
白、と色鮮やかなそうめん。全て天然の素材で色づけされて
います。江戸時代から続く味で夏に鮮やかな
手延べそうめんとして親しまれています。